本ブログの御訪問ありがとうございます。
機械設計歴20年以上のT.surfと言います。
今回は以下に関する記事です。
【補足】工数が正常に機能する
世界は確かに存在する。
機械設計に関わらず
クリテイティブな業界で以下の方におススメです。
「工数を守れ」と言われるたびに、
どこか納得できない。
設計者の勉強や工夫が“無駄な工数”
として扱われている気がする。
そんな違和感を抱いたことがある方へ。
本記事では、設計工数という概念の“思考停止ポイント”を、
構造から順を追って解き明かします。
- ①工数の本質については以下の記事を―
- ②工数のルーツ:フォード生産方式と“時間×人”の管理
- ③フォード生産方式で工数が成り立つ背景
- ④現代の工数の構造-逆転した”数値神話”
- ⑤工数が今でも正常に機能する場面とは?
- ⑥工数を有効に使うためには高度なスキルが必要
- ⑦まとめ 制度は使い方よりも見方が問われる
①工数の本質については以下の記事を―
本ブログは
設計工数という概念は間違った使われ方をしている
というスタンスです。
- 設計者の作業時間に工数縛りを加え
- 会社の技術力を低下させていく
まさに管理として稚拙でしかありません。
以下の記事を御参照ください
ただし、本記事では工数と言う考えが正常に機能して
成り立つ世界があることを解説し、
その特定業界以外はまったくの的外れ管理だということを
説明していきます。
まずは工数のルーツを知ることから始めましょう。
②工数のルーツ:フォード生産方式と“時間×人”の管理
工数のルーツは1913年、ヘンリー・フォードが
ベルトコンベア式のライン生産方式を導入
したことが、その発祥だと言われています。
- 作業を細分化し、
非熟練工でも一定の作業を反復できるように標準化 - 各工程にかかる作業時間を秒単位で分析し、
人件費を“時間×人数”で管理
このときの「作業時間の積算」が、
のちの“工数”という考え方の原型になったとされます
その原型とはー
工数=“時間×人数”という管理単位
- 「1人が1時間作業する」
=1工数(1MH:Man-Hour) - これを積み上げて、
製品1個あたりに必要な“人の時間”を定量化
つまり、
工数とは、人件費を数量化するための単位
として生まれたわけです。
このフォードの考えは、
自動車の量産ラインという特殊な条件においては、
まったく正しく、むしろ理想的に機能していました。
③フォード生産方式で工数が成り立つ背景
工数が成り立つ条件とは?
工数という制度が、本来は“正しく機能していた”世界。
それが、ヘンリー・フォードが確立した
「量産ベルトライン」であることは、前章でも触れた通りです。
では、なぜそこでは工数が“成立”したのか?
構造をもう少し丁寧に整理してみましょう。
1910年代、
ヘンリー・フォードのベルトコンベア方式には以下の条件
が揃っていました。
- 同一製品を大量に作る(月産◯千台という安定性)
- 工程ごとの作業内容が完全に固定されている(定型作業化)
- 従業員は非正規も多く、時給という賃金体系(時給構造)
- どの作業に何分かかるかを秒単位で測定(標準工数の形成)
上記条件はベルトコンベア量産ライン特有なものです。
なぜ工数制度が正しく機能したのか?
先で示したベルトコンベア量産ラインの条件下では、
以下のような流れが自然に成立していました。
- 月産台数が明確に定まっている
- それに応じて必要な作業量が積算される
- 作業の標準化から工程毎の所要時間が見積もられる
- そこに時給を掛けて人件費が製品コストに上乗せされる
─つまり、時間×人数×数量=人件費という、
という、非常にシンプルで再現性のある原価計算ロジックが
確立していたのです。
限定された機能する世界
この構造があったからこそ、
工数という制度は正しく機能していました。
逆に言えば──
工数という概念が成立しうるのは、
ベルトコンベア式のライン生産方式という特定の
分野に限られる
それ以外の業種・業態へ
“そのまま移植”してもうまくいくはずがありません。
④現代の工数の構造-逆転した”数値神話”
前章では、工数という制度がどのように成り立ち、
どれほど条件の整った世界でしか機能しなかったかを
おさらいしました。
また、「安定した月産台数」と「定型作業」の存在が前提としてあり、
その上で“後から”工数が導出された構造も確認しましたね。
では、現代ではどうなっているのでしょうか?
ベルトコンベア式の生産方式とはまったく異なる業界──
たとえば、個別対応が基本となる設計や開発の現場にまで、
工数という制度が“そのまま”輸入されてしまいました。
そして起きたのか『計算過程の逆転』です。
本来は「必要な作業量」や「安定した数量」から
後から算出されていたはずの時間単価や作業時間が、
なぜか現代では、
- 根拠の曖昧な時間単価
- 未来予測でしかない作業時間
が先に設定され、その上で現場に
この工数内で終わらせるように
と指示される世界に変貌してしまったのです。
まるで──
設計作業とは、あらかじめ完成時間が決まっていて、
それに向けて“適切に終わらせるべき”ミッション
であるかのような扱いになっています。
ですが、それは、工数という制度の本来の構造と、
真っ向から反しています。
⑤工数が今でも正常に機能する場面とは?
工数を正しく活用したい
もしそのように考える希少な経営者がいるのか不明ですが
それを成立させるには“稀少な前提”が必要です。
ここまで、工数という制度がいかにフォード式の世界に
特化したものであり、
現代では構造的にズレたまま運用されているかを見てきました。
では、そのうえで──
それでも工数を役立てる道はないのか?
全ての工数が悪なのか?
と問われれば、答えはNOです。
実際には、今でも工数が道具”としては意味を持つ場面
も存在します。
当然ベルトコンベア式のライン生産方式的な業務では
引き続き成り立つことに変わりはありません。
ですが、それ以外の分野では
工数はお客に作業費を請求する根拠の見える化
に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもありません。
ですが、
工数を評価ツールではなく“観察ツール”として使う方法なら
まだ使い道があります。
- ある部署で「毎日、非設計業務に1〜2時間かけている」
- ある作業が「毎回“調整”と称して2〜3倍の時間を食っている」
- 打ち合わせや帳票作成に「合計で月50時間以上費やされている」
……こういった設計者がやるべきでない仕事が、
工数から浮かび上がることがある。
このとき工数は、
個人を責める数値ではなく、業務構造の欠損を示す反射鏡
になります。
ただし、これを行うにはかなり高度なスキルが必要になります。
そのスキルとはいかなるものか次章で解説します。
⑥工数を有効に使うためには高度なスキルが必要
工数有効活用のためのスキル
工数が有効なツールとして機能するために
職場的なスキル、データー解析能力を有する個人スキルなどが
必要で以下となります。
数字を 読む人 |
工数記録から意味ある傾向を抽出できる 解析スキルを持った人材。 Excel職人ではなく、業務構造に精通した分析者。 |
---|---|
問題を 話せる場 |
なぜ時間が延びたか、現場との対話と検証ができる 時間的・精神的余白。つまり“なぜ?”を語れる空気。 |
観察目的 の設定 |
工数を“叱責の材料”ではなく、 あくまで業務設計の改善材料として活用する 評価軸の切り替え。 |
教育機能 | 上記スキルを持つ人材を“育てる時間と環境”を持つ会社。 実務に埋没せず“考える人”を育てられる文化。 |
しかし──
こういった条件が揃っている中小企業は、
正直、ほぼ存在しないのが現実です。
なぜなら期待されたいない能力だから
なぜ工数が有効活用されないのか
それは以下の要因による期待されない能力
だからです。
- データ解析能力→ 期待されていない
- 業務構造の再設計スキル→ 予算も評価もされない
- 対話のための時間→ 最も削られやすい“無形コスト”
要するに、
工数が正しく使われるために必要なスキルこそが、
もっとも“求められていない力になっている
という皮肉ですね。
だから、こう整理するのがいい
工数は、思想を持って“道具”として使えば、
機能することもあります。
ただし、それを使いこなすには
- 読む人
- 考える場
- 制度への信頼
が必要になります。
そしてその運用責任は、設計者側ではないんです。
工数を使うと決める人間たち、
つまり“管理する側”にあります。
⑦まとめ 制度は使い方よりも見方が問われる
工数という制度は、
本来“安定した生産構造”と“定型作業”に支えられて
機能してきた仕組みです。
それを──
構造の異なる業界に、そのまま“評価制度”として輸入した結果、
数字が意味を失い、現場を苦しめるだけの存在になりました。
制度が悪いわけではありません。
けれど、制度の“使い方”ではなく、
「何を見るための制度だったのか?」という
“見方”と“運用思想”が抜け落ちてしまっています。
工数に意味を与えるのは、運用する人の思想である。
そうでなければ、それはただの数字でしかありません。
本記事は以上です。
最後までお読みいだだきありがとうございます。