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機械設計歴20年以上のtsurfと言います。
今回は以下に関する記事です。
【機械設計者のための物理基礎】
遠心力補足 高校で習った糸の破断を
正しく理解する
以前の記事で
「遠心力とは実在する力ではなく、慣性力(見かけの力)である」
と解説しました。
ところが、高校物理ではこんな問題を習った記憶がある方も
多いのではないでしょうか?
おそらくは、1990年代より前に生まれた方です。

「糸の先に重りをつけて回すと、ある回転速度で糸が切れる。
その理由は“遠心力によって引きちぎられるから”である」
この説明、本当に正しいのでしょうか? 今回はこの問いに対して、
慣性系(停止している人)から観測する物理的に正確な理解
を整理してみます。
⇩本記事を読むと以下が わかります⇩

今回は以下を解説します。
-
遠心力とは何か? それは本当に「力」なのか?
-
糸の破断を引き起こす本当の原因は何か?
-
慣性系と非慣性系の視点の違いとは?
- ①結論 糸の破断は遠心力ではない
- ②非慣性系"おもり”からみた物理現象
- ③慣性系"おもり”を回している人からみた物理現象
- ④ なぜ遠心力で考えるのは“厳密解”とは言えないのか?
- ⑤ なぜ かつての高校では「糸は遠心力で破断する」と教わったのか?
①結論 糸の破断は遠心力ではない
高校で習った以下のモデルの式
Τmax=M・r・ω²
| Τmax | (N) | : | 糸の限界張力 |
| M | (Kg) | : | 被回転物の質量 |
| r | (m) | : | 回転半径 |
| ω | (rad/sec) | : | 角速度 |
式は正しいです。
ただし、ここで重要なのは
「この式が表している力は“遠心力”ではなく“向心力”である」
という点です。
よくある誤解として、
「遠心力 によって糸が引きちぎれる」
これは非慣性系(回転している重りの視点)での見かけの力を
使った説明です。
しかし、実際に糸を引きちぎる“実在する力”は、
慣性系から見た向心力=糸の張力です。
②非慣性系"おもり”からみた物理現象
非慣性系とは?
まずは、非慣性系(=回転している“おもり”の視点)から見てみましょう。
非慣性系とは、加速している観測者自身を基準とした座標系です。
例えば:
-
加速中の自動車に乗っている人が、後方に重力のような力を感じる。
-
回転しているメリーゴーランドに乗っている人が、
外側に引っ張られるような力を感じる。
これらはすべて、
非慣性系で観測される“見かけの力”=慣性力によるものです。
今回のケースでは、回転している“おもり”自身が観測者
となる非慣性系を考えます。
“おもり”の視点
“おもり”が周囲の景色を認識できないと仮定すると、
自分が回っているかどうかはわかりません。
その結果、以下のような力の感覚が生まれます:
-
自分は静止している。
-
なのに、外向きに引っ張られるような力が働いている。
-
この力は、遠心力(=慣性力)として感じられる。
遠心力の性質
この遠心力は、重力のように“実在する力”として感じられるため、
“おもり”にとっては以下のように見えるのです:
「自分は動いていないのに、なぜか外向きに力が働いている。
これは重力のようなものだ。」
つまり、非慣性系では遠心力が“実在する力”として認識されるのです。
③慣性系"おもり”を回している人からみた物理現象
慣性系とは?
次に、慣性系(=“おもり”を回している人の視点)から見てみましょう。
慣性系とは、
等速直線運動または静止している観測者を基準とした座標系です。
例えば:
-
加速する自動車を、外から静止して観測している人。
-
地面に立って“おもり”を回しているAさん。
このような観測者は、慣性力(見かけの力)を受けないため、
ニュートンの運動法則がそのまま適用できます。
※ 厳密には地球上の観測者も重力場にいるため完全な慣性系では
ありませんが、 “おもり”に対しては相対的に慣性系とみなすことができます。
今回の例の場合は"おもり”を回す人 つまりAさんとなります。
“おもり”を回すAさんの視点で
見える力の構成
Aさんから“おもり”を見ると、以下の力の成分が見えてきます:
-
接線方向の慣性運動:おもりは本来、直線的に飛び出そうとする。
-
糸の張力(向心力):おもりの進行方向を中心方向に曲げる力。

このように、円運動とは「接線方向の慣性運動の向きを、
向心力によって連続的に変化させる運動」なのです。
第②章でも述べた通り、
遠心力は非慣性系でのみ現れる見かけの力(慣性力)です。
慣性系では、遠心力という概念は登場せず、
すべての力は実在する張力や加速度として扱われます。
糸の破断の本質
では、回転速度を上げていくと何が起こるでしょうか?
-
おもりの接線速度が増すことで、
必要な向心力(=糸の張力)も増加します。 -
糸が提供できる張力には限界があるため、
ある瞬間にその限界を超えると破断します。
つまり、糸の破断は
「おもりの慣性運動の向きを変更するために必要な向心力が、
糸の限界を超えた結果」なのです。
ですので、この場合の正しい理解は
回転を増していった場合
”おもり”の慣性運動の向きを変更するのに必要な向心力を
オーバーしてしまい、向きを変更しきれずに破断をした。
というのが正しい理解となります。
④ なぜ遠心力で考えるのは“厳密解”とは言えないのか?
遠心力は、非慣性系で観測される見かけの力(慣性力)です。
計算上は便利ですが、物理的な因果関係を説明するには限界があります。
その証拠となるのが、糸が破断した“直後の挙動”です。
遠心力で考えた場合の矛盾
遠心力が実在する力であり、破断の原因であるならば──
糸が切れた瞬間、“おもり”は円の法線方向(=外向き)
に飛んでいくはず。
なぜなら、遠心力は常に中心から外向きに働くからです。
しかし、実際の挙動はそうではありません。
”おもり”は実際には「接線方向」に飛んでいきます。
慣性系(=停止しているAさんの視点)から見ると:
-
糸が切れた瞬間、おもりには外力がなくなる。
-
その結果、接線方向に等速直線運動を始める。
-
これはニュートンの第一法則(慣性の法則)に完全に一致する。

つまり、
破断後の挙動は“接線方向への慣性運動”であり、
遠心力では説明できないのです。
⑤ なぜ かつての高校では「糸は遠心力で破断する」と教わったのか?
前置き
冒頭でも述べましたが、1990年より以前に生まれた方は
高校物理では、糸の破断を「遠心力によって引きちぎられる」
と説明することが多くあったと思います。
しかしこれは、
教育上の簡略化であり、物理的には厳密な説明とは言えません。
背景にある教育的制約
当時の高校物理では、以下のような理由から
「遠心力による破断」という説明が採用されたのだと思います:
-
慣性力(見かけの力)の概念を十分に教えていない
→ 非慣性系の力学を扱うには、座標系の理解が必要であり、
教育上の負荷が高い。 -
等価原理の簡略的な導入
→ アインシュタインの等価原理により、
重力と慣性力は局所的には等価とされるため、
遠心力を“重力のようなもの”として扱いやすい。
このため、遠心力=実在する力のように扱う教育的便宜が生まれます。
しかし、等価原理には“限界”がある
アインシュタインの等価原理は、
以下のような制約のもとで成り立ちます:
| 局所的 | 時間・空間ともに“微分的”な範囲でのみ成立 |
|---|---|
| 非回転系 | 回転やコリオリ力が働く系では破綻する |
| 短時間 小空間 |
糸の破断後のような広域・長時間の挙動には 適用できない |
つまり、糸の破断後の運動(接線方向への慣性運動)には、
等価原理は適用できないのです。
教育的には便利でも、
物理的には不正確
-
「遠心力で糸が切れる」という説明は、
非慣性系の見かけの力を“実在の原因”と誤解させる可能性がある。 -
実際には、慣性系での向心力(張力)が
限界を超えた結果として破断が起こる。 -
糸の破断後におもりが接線方向に飛ぶという事実が、
慣性系の力学が正しいことの証拠である。
本記事は以上です。
最後までお読み頂きありがとうございます。
